鹿児島県にある串良町は、町民1万4千人の町。その串良町の興味深い記事が毎日新聞に掲載されました。要約すると、串良町で、町民1万4千人のうち国民健康保険の対象者7千人に対し、町にある温泉付保養所18ヶ所の温泉無料券を60枚ずつ配ったところ、それまで町の国民健康保険の一般医療費が8億9千万円かかっていましたが、翌年には7億7千5百万円、さらにその翌年も7億8千5百万円と、始める前と比較して毎年約6千万円が減少したということです。
ちなみに、この温泉無料券などの予算は年間8百万円で、それを差し引いても5千万円以上の医療費が削減されたことになりました。この町に隣接する他の市や町では、このような医療費の減少はみられず、県の担当者も温泉無料券の効果について驚いているそうです。
医療費の減少は、「老人社交場」が病院から温泉へと変わり、病院の利用回数が減ったためかもしれない、という医師のコメントがありましたが、確かにこれは間違いないことでしょう。
しかし、実際はそれよりも、病院に行って薬剤などの治療を受けなくなったから、「医原性」による次の疾患、つまり新しい病気にかからなくなった、ということのほうが大きいのではないでしょうか。さらに、温泉の効果にも見逃せないものがあります。県の担当者も、「温泉に入ると湯に含まれた塩類で、皮膚の表面に薄い膜ができ、保温効果も生じる。このため身体が温まってよく眠れる。血管が広がって、血圧が下がるという調査結果もある」と述べているように、薬剤を使わずに温泉入浴することが、身体の自然治癒力に働きかけ、免疫力や抵抗力を高め、結果的に病院の利用回数を減らすことにつながったといえます。
日本は世界有数の火山国であり、世界中に散在する全泉質の温泉を保有しています。温泉の効果効能は医学的にも認められており、温泉の有効利用が医療費削減をもたらしたのは当然のことです。さまざまな泉質の中で、その泉質特有の効果効能が認められる疾患は多くあります。癌や生活習慣病またアトピー性皮膚炎、リウマチ、膠原病などのアレルギー疾患に対する顕著な回復例も報告されています。癌が温泉で治ったなどの報告も多くありますが、それらは驚くには値しません。
結果的に逆に免疫力を下げる放射線、抗ガン剤治療を加減し、人間の生体防御機能を抑え込む過剰な薬物投与を控え自然療法を実践すれば、人間の持つ免疫力は徐々に強くなり癌細胞を駆逐するなど、いとも簡単にやってのけるのです。
福岡県の原鶴温泉にある日本オムバスの「九州ホスメック・リカバリーセンター」では、癌患者の術後のリハビリ、再発予防、体力増強また生活習慣病やアトピー性皮膚炎等アレルギー疾患の皆さんの、短期・長期の滞在型温泉湯治施設として好評を博しています。また、北海道の摩周温泉のオムバス温泉湯治場では、家族全員が短期・長期滞在し、温泉湯治を行なうこともできます。21世紀の高齢者社会にあって、破綻寸前の医療費削減のためにも、このような温泉湯治施設の重要性がもっと指摘されて良いのではないでしょうか。
医療費は、医療機関の経営のためにあるのではありません。本来は、国民の負担を軽減させるためのものなのです。ところが、現在の日本ではどう間違ったのか、おかしな仕組みになっています。例えば、病院を開業する際、保健所が薬の使用を控える病院を「保険医」としては認めてくれない傾向があります。つまり、社会保険・国民健康保険などの健康保険は、医療に対してではなく薬に対して適応されているといっても過言ではありません。
友の会の協力病院の中では、患者の自然治癒力を大前提にした治療を行ない、極力薬の処方を控えた診療を施しますが、監督指導する管轄の保健所から呼びつけられステロイドを使わないのは「偏向医療」である、したがって医療保険の適用からはずす、と無理矢理薬物を使うようきつい指導を受けました。
保険を取り扱う病院では、必然的に薬の売上が病院経営を支えることにより、その薬がさらに新たな病気(医原性の疾患)を生み出すことにつながっています。病院が継続的な患者の需要を求めるために薬を処方し、さらに患者をつくっていることはまさかないでしょうが、そのように億作されて仕方のない状況ではないでしょうか。まして、国がそれを後押ししているということであれば、私たちの税金は「製薬会社」と「病院」の経営のために使われているように思えます。
本来の医療は、患者のためのものであり、それを支えるのが医師であり病院でありまたそれに協力しているのが製薬会社、医療機器会社であるはずです。現在ではそれが逆転し、医療は医師、病院、製薬会社、医療機器会社のためのもので患者はそれらを維持していくための「客」にすぎないという風潮がみられます。私はこのことが、どうしても許せないのです。
いずれにしても、現在の医療保険制度はすでに行き詰っています。国民の総医療費は、1993年の24兆3千億円から毎年1兆円ずつ増え続け、19997年には29兆1千億円にまで達しています。単純な計算でも2000年では実に31兆円になっているはずです。国家予算の約40%が医療費というとんでもない事態が起こっているのです。そのうちの薬物代価は、約10兆円にものぼるといいます。医療保険にこれ程の費用をかける国家は、実際他にはみられません。
21世紀の超高齢化社会を迎えた今、医療保険制度はすでに破綻しかかっており抜本的な対策が必要ですが、医療の世界は特にしがらみが多くその手法はあってもなかなか実行は難しいのが現実のようです。
「自然療法」では、単に自宅のお風呂で、また温泉湯治場で湯治を行ない、規則正しい生活習慣ができるような身体にするまでの「養生学」をカウンセリングを通じて学習するのです。そしてこの「自然療法」は、決して真新しいものではなく、すでに日本においては1500年以上も前から存在しています。
江戸時代初期には、後藤良山という医師が庶民に対して「温泉湯治」を説いています。「浴すれば腸内やわらぎ、積気もくつろぎ、食進み出れば治るなり」と、一般の庶民に対して湯治の効果を説いたのは記録によると彼が最初です。
また江戸時代後期に入ると、拓殖龍州という医師が湯治による効果をあげ、盛んにその手法を説きすすめてうます。明治時代に入るとドイツからやってきたベルツ博士が、草津温泉をはじめとする全国の温泉を調べ、湯治によってあらゆる病いを癒すという手法およびその効果を伝授しています。現在でも草津温泉に行けば、ベルツ博士の功績を称える銅像やさまざまな記録を見ることができます。
彼は当時、日本医学校(現・東大医学部)で教鞭をとり、「日本鉱泉論」を著してもいます。また18世紀のオランダの医学者ブルーハフェは頭寒足熱の健康法を説き、「頭を涼しく、身体を窮屈にしないで足を温めよ。そうすればおまえは医師をあざ笑うことになるだろう」という名言を残しています。このように外国でも、また日本において、温泉湯治の歴史は古いのです。
しかし、その後西洋医学の流入により、それまでの温泉湯治療法がいつの間にか薬物中心主義の医療にとって代わり、それが現代へと受け継がれています。このような薬物妄信時代は、明治・大正・昭和そして平成とすでに130年間続きましたが、今その全盛をすぎ、人々は真の医療のあり方を追求し始めたのです。
薬物依存治療の流入元である西欧諸国やアメリカにおいても、薬物崇拝主義が見直され、さまざまな健康食品趣指向、さらに日常生活改善指向へと変化しています。いずれ日本においても製薬会社は「健康食品製造会社」へと変わらざるを得ないでしょう。
21世紀の超高齢化社会に求められる、人々の健康を守る真の医療は、薬物依存ではなく、「自然治癒依存」の医療がその大前提でなければなりません。そのためには、「健康観」を考察することが大切です。医大においては癒しの基本である自然治癒を助長させるための医学を根本から教え直さねばならないでしょう。
そして行政の改革、医療保険制度の改革、特に薬物の売上に依存する出来高払いの診療報酬制度ではなく、医の原点に戻ったもの、すなわち「カウンセリング」に対し何らかの形で診療報酬が見込めるような、抜本的な改革が必要なのです。
このことは一見難しいことのようであるが決して実現不可能ではないでしょう。過去130年間、人々は病気を治すその治療に、ありとあらゆる薬物の副作用とその実態をみてきています。他に病気を治す安全な手法があれば、身体に危険な薬物医療をわざわざ受けるはずがありません。また医療に携わる者も、それなりに収入の道が確保されれば、身体のためによくないまた病気を治すことには繋がらない「薬物」の乱用、乱売することはなくなるでしょう。
輝ける21世紀のQOLのために、是非「真の医療」を確立させたいものです。そのためにも「自分の健康は自分で守る」という意識の改革が大切になってくるのです。