小川秀夫の温泉湯治物語

信じる者にしか、温泉は効かない――私の面談記

妻の膠原病が温泉湯治で快方に向かっい治った――
あの奇跡のような体験が、私の背中を強く押した。

“この力を、今度はアトピーの子どもたちに届けたい”

毎日のようにテレビから流れる医療不信、ステロイドバッシングを聞いていれば当然の流れだった。

私は迷わず動いていた。まずは無料で温泉水を配り、本当に効果があるか、自宅での湯治の実績を積み重ねた。皆、大なり小なり離脱症状、好転反応がでた。

だが、ひるまなたかった。薬物の離脱症状は妻を完治させるまで3年間経過を見続けていた。本人、その家族にひたすら説明し続けた。それはステロイドに不信を抱いた人々の最後の砦になるため。

実績を携え、チラシを打った――その瞬間、世の中がひっくり返った。

ステロイドパッシング真っ只中。“薬をやめたい” “副作用が怖い” そんな声が溢れかえっていた時代だ。反響は凄まじかった。問い合わせの電話が鳴り止まない。

こちらも浮かれてなどいられない。一件一件、面談を設ける予約制に切り替えた。

最初のお客様は、小学生の男の子だった。

両親に連れられた小さな体。私は家族3人に、温泉湯治の仕組み、薬をやめたときに起きる離脱症状のこと、どのように改善していくかを丁寧に説明した。母親は真剣そのものだった。子供もまっすぐな目で私の話を聞いてくれていた。

しかし、父親だけが違った。

腕を組み、斜めに座り、私の目を見ない。疑念が全身から滲み出ていた。
――わかる。バブルの修羅場をくぐってきた私には手に取るようにわかる。

この男、“信用していない”。

「どうせ効かない」、「医者でも治せないのに温泉で何が変わる」と心の中で呟いている。

私は見抜いた。いざ離脱症状が出たとき、この父親は母親を責めるだろう。「だから言ったじゃないか、甘い話に騙されて」と。そして家族は揺らぎ、子供は迷い、結局ステロイド漬けに逆戻りする。それではダメだ。子供が報われない。

私は静かに口を開いた。

「――今日の面談は、ここまでにしましょう。どうか、ご家族みなさんでよく話し合ってください。可能であれば、おじいちゃんおばあちゃんも交えて。1ヶ月後、またお越しください」

帰ってもらった。

同行していた社員――つまり、娘と息子も唖然としていた。「売れそうなのに、なんで断るの?」という顔だ。

だが、それでいい。こちらは“売るためにやってるんじゃない”。治すためにやるんだ。
–世の中ひっくり返そうってくらいの野望は確かにあったよ。そんな私が変わった瞬間かもしれない。–

その親子は、なんと5回も面談にやってきた。4回断って返した。
だが、5回目――父親の態度が変わっていた。目に涙を浮かべ、声を震わせてこう言ったのだ。

「――お願いします。うちの子を、助けてください。温泉湯治をさせてください」

私は頷いた。ようやく“信じる準備”が整ったのだ。

このような面談を、私は毎日繰り返した。初回で契約に至るケースは滅多にない。2回、3回、5回と対話を重ねる。家族全員がしっかり理解するまで。

そして、この親子なら、夫婦なら、あの地獄のような離脱症状を共に越えていける――
そう確信できるまで、絶対に契約させなかった。なぜなら、この“面談”こそが、自宅湯治の成功の鍵だったからだ。

信じる者しか救えない。

だが信じきれる者は、必ず救われる。
それが、私がこの事業を通して掴んだ真理だった――。
 

1990年代の東洋医学、温泉湯治療法の先生の見識
 
日本における、温泉治療、水治療の第一人者である、元日本温泉気候物理学会会長の医学博士・野口順一先生も次のように述べておられる。
「皮膚病湯治の方針は、一般的な皮膚科医院や、病院皮膚科で現在実施されている治療法とは 「質的に異なっていると言わざるを得ない。一般的な皮膚疾患治療では、皮疹の炎症を、副腎 質ホルモン剤などの消炎剤で抑圧して、皮疹の外観を粉飾する事のみに忙しい。その外観の軽快が、そのまま再発しないで済めば、それにこした事はないが、慢性、再発性ないし遅延性なる例が多い。
その際に有限の期間内に、それらの薬剤を使用しないですむ状態にまで、すなわち本質的に、 また、薬物依存なしに皮疹が改善されている状態を保っていられれば、その治療が効いた事になるのであるが、それがなかなか困難な場合が多い。また、そのような薬物依存が長期間に至 「それによって、皮疹以外の副作用も合併してくる恐れがある。そのような場合に皮膚病の湯治は効果を発揮する。
皮膚病湯治では、副腎皮質ホルモン剤なの消炎剤類は使用しないですむので、それらの薬剤から離脱させるための諸操作は必要がない。炎症を抑圧する薬物投与は行わず、むしろ炎症 一、緩急の差があるが、合目的に進行させて、皮膚が本来保有している自己修復能力を助長する方針を探る。従って、治療の方向が一般的な皮膚治療とは正反対である。
一般的な皮膚科治療を中止して、皮膚病湯治を始める時には、今までの消炎剤の作用が急になくなるので、ちょうど長期間連用していた麻薬や、覚醒剤が切れた時のように、一時的に皮膚の外観は増悪する。患者は、その試練を耐えなければならない。その試練を乗り越えて、その後、皮膚病湯治の効果が現れてくるのである。この間を、患者によく説明しなければならな 。(健康と温泉FORUM・90年記念誌より)」
「アトピー性皮膚炎は、小学校入学前までに、何も薬剤を使用しなくてもよいように治癒させるべきである。それには、温泉治療が最適と考える。(日本温泉気候物理医学界雑誌・昭和61年8月 第9号より)」
野口先生は、30年間にわたり、アトピー性皮膚炎の研究、そして温泉治療、水治療を研究されて、同時に、その30年の間、ステロイド(副腎皮質ホルモン剤)を否定し続けてきた「医学者」である。