小川秀夫の温泉湯治物語

よし、教えてやるよ。これが湯治の極意ってやつだ!

今回だけの特別講義だ。ちゃんとメモしろよ?

……って言ってもな、あまりに簡単すぎて、たぶんお前、口開けて呆気にとられると思うわ。

いくぞ?
湯治のあとにやること、それは──

毎日、鏡を見ろ。以上。

……いや、そこで鼻で笑ったヤツ、前に出ろ。ぶっ飛ばすぞ。これがな、簡単だけど最強のセルフチェックなんだよ。

ただボーッと見るんじゃない。観察すんの。真剣に。顔の色、表情、目の輝き、シワの感じ。

今日の自分、どんな顔してる?って問いかけろ。

「お、今日はちょっと肌ツヤいいな」
「うわ、なんか疲れてるな、ゾンビか俺?」

そんな気づきが、もう治癒の第一歩だ。
鏡の前でチェックが終わったら、次は全身鏡だ。姿勢を見ろ。

背筋がピンとしてるか? 足取りに力があるか?
それとも猫背で覇気ゼロ、ヨボヨボ歩いてるか?

自分の“気配”に気づけ。気配ってのは魂のコンディションだ。

私?私は毎日、摩周苑の書斎から湯治客を観察してんだよ。姿勢、歩き方、声色、飯の食いっぷり──全部見てる。

「あ、今日はご飯のスピードが戻ってきたな」
「声にハリが出た。こりゃ調子戻ってきたな」

そういう変化、**もう見たら分かるの。**目が肥えてんの、私は。

で、そっと声をかけるんだ。

「お、元気そうだな」
「昨日よりいい顔してるじゃねぇか」
「一週間前と比べて、どうだ?」

すると湯治客が言うんだよ。

「調子いいです」
「なんか体が軽いです」
「気分がいいです!」

……そう、その言葉が超重要なんだ。

“言葉にする”ことで、脳が理解し始める。記憶する。

「俺、元気になってるんだな」って、脳が勝手にその気になっていく。それを毎日毎日やるんだ。

これが自己暗示ってヤツのパワーだ。自宅で湯治してる奴も同じことやれ。毎朝鏡見て、「調子はどうだ?」「お、いい感じだな」って自分に言ってやれ。そして自分で返事しろ、「うん、今日も調子いいぞ」ってな。

……ただし!
顔面蒼白、目の下クマだらけの状態で「私は健康です」って繰り返すのはダメだぞ。それはただの自己洗脳。宗教と紙一重。

身体が実際に整い始めて、そこに意識を乗っける。これが、正しい湯治の極意。

「非科学的だろ」って? はい出ましたその言葉。だがな、こういうのってのは、あとから科学が「すいません、正しかったです」って追いかけてくるもんなんだよ。

湯船と鏡と自分の言葉、それだけで人は変わる。

──さぁ、お前も今日から始めろ。
湯治ってのは、お湯に入るだけの行為じゃねぇ。
魂に火をつけるセルフ革命だ!