小川秀夫の温泉湯治物語

元気がでてくれば遊び心も沸いてくる

城はできた。堂々たる“癒しの要塞”が、原生林のど真ん中にそびえ立った。さて、問題はこれからだ。どう動くか。

ふと、あの旅の途中で出会った土建屋の社長の顔が脳裏によみがえった。

「ガンの奴ら、あっちの温泉、こっちの湯治場ってウロウロしてるぜ! あんたが施設作って講釈たれてりゃ、毎晩が祭りだろ! ガハハ!」

そうか——そういうことなら、ちょいと悪ノリしてみるか。

よし、やるぞ。
国道沿いの敷地に——

「日帰り温泉 ガンが治る!? 源泉100% 天然モール温泉」

って、デカデカと看板をぶっ立ててみた。薬事法? ええ、知ってますよ。でも、これは“春までの季節限定イベント”だ。役所から指導が入ったら? そのときは即・撤去!潔くやめりゃいい。遊び心ってやつだ。ひとまず市場調査ってことで様子を見てみた。

するとどうだ——
近所の住人、ドライブの途中で立ち寄る人、口コミで噂を聞いた闘病中の人たちが、ぽつぽつと訪ねてくるではないか。中には、医者から余命宣告を受けたという人もいた。

1000円の入湯料。ゆっくり温泉に入ってもらい、茶とおやつを振る舞い、世間話に花を咲かせた。彼らの表情が、ほんのひとときでも和らいでいくのを見ると、胸にジンとくるものがあった。

——そんなある日、ポストに封筒が届いた。
なんと、日本オムバスから決算書だ。

追い出されたはずの私は、いつの間にか「会長」になっていた。
社長の座には、川田が収まっていた。
息子は経理を担当しているようだ。

かつてのアトピー情報誌『湯治の声』は、名前を変えて『あとぴナビ』になり、ホームページまで開設して、どうやらボチボチやっている様子だ。

まぁ、悪くはない。だが——
こちらからは一切、近況を知らせていなかった。あいつら、私が何をしているか知らない。

だったら見せてやろうじゃないか。この「病気も逃げ出す温泉の砦」、ただの癒し処だと思ったら大間違いだということを。

よし、こっちもホームページ作るぞ。
見る者の度肝を抜くようなやつを。
牙を抜かれたと思っていた老獅子が、まだ吠えられるってところを見せてやる。