「なぜ摩周苑は、1日1組か2組しか入れないのか?」
よく聞かれる。たしかに、満室営業していればもっと儲かる。予約もガンガン取って、客を回せば経営は安泰…かもしれない。
だがな、私の答えはこうだ。
「それじゃ意味がねぇんだよ!」
そりゃ、年も取った。体力も以前ほどじゃない。
けどな、それが理由のすべてじゃない。開業当初は観光客も、湯治客も、わんさか受け入れてた。パートのおばちゃんを雇って、部屋は満室、にぎやかだったよ。帳簿だけ見れば“成功”。利益もまぁまぁ出てた。
——でも、気づいたんだ。
湯治に来る人たちは、みんな病んでる。それは身体だけじゃない。心もクタクタになって、すがるような想いでここへ来てる。そんな人たちが、ひとつ屋根の下でギュウギュウ詰め。
価値観の違い、生活リズムの違い、些細なことでトラブルになる。揉め事ひとつで、せっかくの癒しが台無しになる。病気が悪化して帰ったら、俺のやってることは、何なんだ?
経営優先?稼働率アップ?
そんなこと、わかってるよ。俺だって元・企業人だ。金を回す理屈くらい、とっくに学んでる。でもな、俺がここでやってるのは、“商売”じゃない。
魂のリハビリだ。
湯治客には、とことん穏やかに過ごしてもらいたい。
風の音、鳥の声、温泉のぬくもり——
そのすべてを独り占めにして、心と体をゆっくり解きほぐしてほしいんだ。
当然、経済的には厳しい。
自然療法は、儲からない。
だから医者はやらない。
医学会も黙る。製薬会社も顔を背ける。
——でもな、私はやる。
バブルの頃は、さんざん金を追いかけた。
ビジネスの鬼だった。
でも、通帳にゼロが増えたところで、何も残らなかった。
今?
金?ほとんどねぇよ。でも——
心は、満タンだ。健康貯金ザックザク!!
ある経営者が、私にこう言った。
「これ、ボランティアみたいなもんですね」
ふふん、上等じゃねぇか。
私は“ボランティア”で、命と向き合ってんだよ。
この摩周苑の湯と、全てを優しくつつむ大自然、そして私の信念。
これこそが、私の生き様。私の事業。私の戦いだ。
儲からない? だから、何だ。
私は今日も、魂を温める。たった1組の客のために——!