帰りの飛行機。窓の外には、雲を突き抜けるような夕日が広がっていた。まだ昨日の酔いの残る中で、隣にいた安保徹先生と交わした医療談義、おぼろげにしか覚えてない。いやほとんど記憶が飛んでる。シラフで聞いとけばよかった。
でも、ぽつりと口にしたあの一言ははっきり思い出す。
「小川君の摩周苑に研究所を作るよ。一緒に研究しようじゃないか」
——酔っていた? いや、あの目は本気だった。
「私は1人じゃない。先生も、同じ戦場に立っている」
そう思っただけで、心の奥がボウッと火を噴いた。よし、私は私のやり方で突き進む、温泉湯治でがんを治す。
民間療法だ?似非科学?知らねぇよ。証明してやる。命を救える道がここにあるってことを。
湯治の研究は日々続いた。
温泉に、笑いに、自然に、そして希望に——
そのすべてに、がんを克服する鍵があると感じていた。私の勘は冴えていた。真理に、確実に近づいている実感があった。
そんなある日、一報が飛び込んできた。
「安保徹先生の研究所が、全焼しました」
頭が真っ白になった。
すぐに電話をかけた。震える指で番号を押した。応答する声は、いつもと変わらぬ柔らかさだった。
「小川君、心配してくれてありがとう。火がどこから出たのか、まったくわからないんだよ。でもね、大丈夫。体は無事だし、資料? 燃えたけどさ、内容は全部、僕の頭の中にあるからさ」
——ホッとした。心底、安堵した。
でも……不安は消えなかった。
海外では、自然治癒力を説く学者や、現代医療に異を唱える医師たちが、次々と“謎の死”を遂げていた。交通事故、心筋梗塞、自殺……どれも、釈然としない結末ばかりだった。
その後も先生は講演活動を続けていた。だが、ある講演で、こんな“冗談”を飛ばしたという。
「僕が突然死んだら、殺されたと思ってください」
そして——その“冗談”は現実になった。
安保徹、急死。
言葉を失った。
涙が止まらなかった。
湯治場の湯船の中で、声を押し殺して泣いた。あのやさしい笑顔を、志を、殺したのは誰だ?まさかとは思う。でも、まさかで片付けていい話じゃない。あの火事も、あの“冗談”も、すべてが繋がっているように思えて仕方がなかった。
湯の温度が、涙で少しだけ冷たく感じた。
それでも、私は立ち上がる。
先生の魂は、私の中に残っている。
だったら、この命、まだ終わっちゃいけない。
私がやる。私が、絶対に証明してやる。
病を、社会を、そして不条理を、癒してやるってことを——!