小川秀夫の温泉湯治物語

詐欺師呼ばわり上等!!

あれはたしか――

『ガンの自然免疫療法 ~ぬるま湯浴のすすめ~』を世に出した頃のことだ。

摩周苑には、乳がんを患った近所のおばちゃんが湯治に通いながら、手伝いにも来てくれていた。その人がまた、いつもニコニコしててな。

「小川さん、なんか最近、シコリが小さくなってる気がするのよ」なんて笑って言う。

その表情を見て、俺は確信した。

「改善していてる、間違いなく良くなっている」

するとどうだ。気づけば、手伝いのおばちゃんが誘ったのか一人増え、二人増え――摩周苑のロビーはまるで婦人会の集会所。井戸端会議ならぬ、湯治場会議が毎日開催だ。

クチコミってのは怖いもんで、地方じゃ一気に広がる。弟子屈から標茶、釧路まで、「摩周苑で病が和らぐらしいぞ」と噂が駆けめぐる。その影響もあって、私は何度かこの町で講演会を開いた。

で、問題のあの日――そう、私の中で“伝説の講演会”だ。

会場は満員。私が壇上で話すと、みんな水を打ったように静まり返る。まるで神事を聞くかのように、真剣な目つきで見つめてくる。私の言葉が、会場の空気を掴んでいた、まさにその時――

「バカ言ってんじゃねぇ!!」

会場の後ろから、いきなり大声の野次が飛んできた!

「医者でもねぇ人間が、温泉に入ったくらいでアトピーやガンが治をせるものか!!
そんなことが本当なら、病院も医者も全部いらねぇって話になるだろうが!!
こいつは詐欺師だ!騙されるな!!」

どえらい剣幕だった。

周囲の空気が一瞬で凍ったのがわかった。
…いや、正直言ってね、その瞬間、私はむしろ笑いそうになったんだ。

「おお、来たな。ついに私も“詐欺師”って言われるところまで来たか」ってな。

あれほどの気合いで喉張り上げられたら、もはや芸の域だ。医者の身内なのか?現代医療への忠誠なのか?それとも、「自然療法=カルト」っていう刷り込みのせいなのか?

どっちにしても、私はその日から町の変人扱い。毎日、湯治に通っていたおばちゃん連中も、一人減り、二人減り――まるで潮が引くように姿を消していった。だがな、私は思ったよ。

「これが日本の“医療の現実”ってやつだ」

科学だ、医学だと声がデカいヤツのひと吠えで、本当に良いものは掻き消される。その後は尾ひれ背びれついて、うわさが独り歩きしていく。クチコミの逆バージョン、いわゆる「逆炎上」ってやつだ。

私は慣れてる。やられ慣れてる。
でも、日帰りで湯治に来てたおばちゃんたちは違った。
乳がん、胃がん、末期の人もいた。

ようやく笑えるようになって、ようやく希望を持ち始めてた人たちなんだ。

その笑顔を、一発の野次で奪った男。あなたは、自分が何を壊したのか、わかってたのか?

私は、今でもそいつの顔を覚えてるよ。だけど、恨みじゃない。きっと辛いことがあったんだろうなって。その場所であれだけのエネルギーが爆発するんだ。それを体で心で感じることができた。

だから「ありがとうよ」って言いたい。おかげで、私の信念はより燃え上がった。

詐欺師だろうが、変人だろうが、私のことはなんとでも言えばいい。それで、あなたの気がすむならいいじゃないか。

でも、それで希望を見失った人もいるんだ。それだけが心残りだった。