小川秀夫の温泉湯治物語

癒しの砦、俺が仕掛けた ― 摩周苑、伝説の始まり

このログハウス、まさに“湯治の神が設計した癒しの砦”。窓からのぞく景色は、額縁に入った名画のように完璧だ。

石造りの温泉は、ドドンと20人は入れる広さ。大窓から差し込む朝日が湯けむりを金色に染め、まるで仏画の後光のように神々しい。

ログハウスを囲む緑のフィールドには、エゾリスが跳ね、小鳥たちがチュンチュンとさえずり、秋になれば紅葉が赤く揺れて幻想的な風景を演出する。

さらに極めつけは、敷地内を流れる渓流・秋田川。そこにはイワナ、ヤマメがうようよ。釣り竿を垂らせば、腕が鳴るどころか笑いが止まらない。

私は、というと毎日デジカメ片手にシャッターを切り続け、気づけば写真は3000枚超え。プロカメラマンも真っ青の枚数だ。

そしてある日、ホームページ制作の若者を呼びつけた。

「どうだ、いいところだろう?」

「すごいですね……僕も住みたいくらいです」

「ここな、ペンションにするんだよ。名前は……そうだな、摩周湖が近いから『摩周苑』でいこう。でな、この3000枚の写真、全部ホームページに載せたいんだ。デカく! 見た人がため息をつくようなやつにしてくれ」

ホームページ屋は絶句しながら苦笑い。

「いや、その……通信速度がネックでして。今の(2000年頃のネットは56Mbpsアナログ回線、ISDN回線が一般)ネット回線じゃ重すぎて、見てもらえないかもしれません。できれば2〜30枚に絞って……」

「い・い・ん・だ!」私は即座に却下。

「時間なんかどうでもいい。癒しを感じる人が、一日かけてでも見てくれるページにしてほしい。延々と、景色に浸れるやつだ!」

そう、この辺の自然美はテレビ局の“美味しいネタ”にうってつけ。私は知っていた。

今どきの番組ディレクターは、深夜に検索でネタ探ししてるに違いない。ならば——
デカい魚(=この摩周苑の絶景)をデカい釣り針(=ホームページ)にぶら下げておけば、あとは泳いできた奴が勝手に食らいついてくる。

マスコミに持ち上げられ、そして叩き落とされた経験がある私だからこそわかる。今回は、こちらが使わせてもらう番だ。

数週間後、ホームページが完成。
これが、なかなかの傑作。デザイン良し、写真の迫力はまさに圧巻。息をのむとはこのことだ。

そして、数ヶ月も経たぬうちに——
テレビ局から電話が鳴った。

「旅番組で、ぜひ取材させていただきたいのですが……!」

よし、ヒットした。狙ったとおり大物だ。