小川秀夫の温泉湯治物語

摩周苑、テレビが魔法をかけた日

その日は、いよいよやってきた。カメラ、マイク、照明、三脚、てんこ盛りの機材を担いだテレビ取材隊が、わが摩周苑にゾロゾロと到着。その中に見覚えのある顔……なんと、リポーターはたけし軍団のダンカンじゃないか!

「おう、ダンカンじゃねぇか!」

気分はもう、摩周のビートたけし。芸者よろしく張り切ってお出迎えだ。

「こちらが天然モール温泉でございますぅ〜、効能はズバリ、万病撃退!」

「お次は渓流・秋田川、ここでイワナとヤマメがピョンピョン跳ねとります!」

釣った魚はその場で炭火焼き。煙がたちのぼる頃には、皆が無口になるほどウマい。夜はコラーゲンたっぷりの幻の魚・めんめ鍋で仕上げ。これがまた身体に染みるのなんの。

そして、放送当日。

画面に映るのは、なかなかの名演技をかました“オレ様”。自分で言うのもなんだが、なかなかの存在感だった。

で、だ。

放送が終わった瞬間から……電話が鳴る、鳴る、鳴り止まない!
あの“温泉水チラシ祭り”の再来かと思うほど、回線はパンク寸前!

急きょホームページ屋を電話番に徴用。

「悪いな。『その日は満室です』って、それっぽく言って断ってくれや。こっちは、相性の合いそうな人にしか予約受けねぇって決めてんだ」

ホームページ屋、目をまん丸にして

「え? 本当にそれでいいんですか?」

「それでいい! この摩周苑は、“ただの宿”じゃねぇ。“魂が共鳴する癒しの城”なんだよ。ピンと来た奴はまた電話してくるさ」

番組は、その後3回も再放送された。
で、再放送のたびにまた電話がバカスカ鳴る。こっちはもう電話線が燃えそうだった。それでもスタンスは変えない。予約は、気の合う奴だけ。

すると、数週間後——
テレビ局から丁重なるお叱りの電話。

「視聴者から“予約が取れない”ってクレームが殺到してまして……」

ごめんなさいねテレビ局の皆さん。でもね、全部予約受けてたら、私が過労で温泉に沈んじまうわ!

にしても、やっぱりすげぇなテレビって。
ちょっと魔法みたいだったぜ。