小川秀夫の温泉湯治物語

眠りこそ最強の薬 〜湯治の真価は夜に発揮される〜

温泉ってのはな、ただの熱いお湯じゃないんだ。効能ってのが、ちゃんとある。ここ摩周苑の温泉はスゴイぞ。

神経痛?効く。筋肉痛?効く。関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、うちみ、くじき、痔、慢性の消化器病から皮膚病、病後の回復期、虚弱体質の子ども、冷え性、慢性婦人病まで――とにかく効く効く効く! まさに「お湯の総合病院」だ。

この効能ってのはな、学者たちが泉質や成分を細かく分析して導き出した“お墨付き”なんだ。科学の裏付けあり。ちゃんとしてる。

……でもな。私はそれよりもっと大事なことがあると思ってる。

それは――ぐっすり眠れるってことだ。

これこそ、湯治の神髄。温泉に1日3時間もどっぷり浸かってみな。体の芯からぽっかぽか、心地よい疲労感が全身を包みこみ、夜にはまるで赤ん坊のように、スヤァ…っと眠れる。しかも深く、ぐっすり。朝もスッキリ起きれる。目覚ましなんていらないレベルだ。

でな、ここからが重要だ。

人間の身体ってのは、寝てる間に治ってるんだよ。

交感神経がバリバリ働くのは昼間。緊張して、戦って、動き回ってる時間帯な。
でも、副交感神経――これは休息とリラックスをつかさどるスーパースター――が優位になるのは、夜。眠っている間だ。つまり、この時間に自然治癒力はガンガン働くってわけ。でも浅い眠りだと働きも弱い、悪夢なんか見たら最悪。だから、深くぐっすり寝なきゃ治らん!

……でもな。病気を抱えた人ほど、これができなくなる。

考えちゃうんだよ。あれこれ。

「痛い、痒い、苦しい」
「治るのか? 悪化しないか?」
「仕事は? 子どもは? 未来は? 私、死ぬの?」

……そんなの、答えなんて出るわけがないのに、考え続けてしまう。昼も夜も、頭の中は不安のループ地獄。寝ようと思っても、まぶたの裏に「◯◯さんが癌で亡くなった」とか「余命半年」なんて言葉が浮かぶ。

スマホで病気のことを検索しちゃう? やめとけ! 不安の燃料を自分で投げ込んでどうする!

病院で「悪化してます」「治りません」なんて宣告された日には、三日三晩、眠れなくても不思議じゃない。睡眠薬を出されてもな、加減を間違えば頭がぼーっとして、治すどころか逆に体がフラつく。

そう、眠れない=治らない。これはもう鉄則だ。

だからこそ、湯治だ。湯に浸かって、心と体をほどよく疲れさせる。夜になったら、ふわっと布団に吸い込まれるように眠る。夢の中で、治癒のスイッチが入る。

泣きたくなったら、泣けばいい。

湯船の中で、思い切り泣け。わんわん泣け。誰も見ちゃいない。誰も笑わない。むしろ、それが本当の“治るための準備体操”なんだよ。そして、気が済んだら笑え。面白いくらい笑えるぞ。私なに悩んでるんだって。赤ん坊ってそうだろ。

そしてもう一回クスって笑って、そのまま布団に入ってぐっすり寝てしまえ。

――その瞬間から、お前の体は、着実に治っていく。

湯の力と眠りの力。派手じゃないが、本物だ。
それが、摩周苑の湯治ってもんよ。