小川秀夫の温泉湯治物語

アトピー性皮膚炎を知り尽くした彼女

部屋に引きこもった子といえば、忘れもしないあの子がいる。

湯治に来るっていうから、わざわざ釧路タンチョウ空港まで車を飛ばして迎えに行ったんだ。普段は弟子屈駅までがうちのスタンスなんだが、今回は「どうしても」と頼まれた。そこまで言うなら、まあいいだろうと引き受けた。

到着ロビーで出てきた彼女を見て、目を疑ったよ。帽子を目深にかぶり、顔はマスクでガード、そしてなんと車椅子に乗って空港職員に押されてくるじゃないか!

――え、聞いてないよ、車椅子!? おいおい、どうやって湯治する気なんだよ!? と頭を抱えた、その瞬間。

すくっ――と立ち上がった。

歩けるんかい!って思わず心の中でツッコミ入れたね。いやまあ、ホッとしたよ、正直。

最初は静かで控えめな子だと思った。けれど話してみると、私の本やホームページを読み込んでるだけじゃない、アトピー性皮膚炎の知識が私より深いじゃないか。これは一本取られたなと唸ったよ。

しかもアレルギー対応の食事では、逆にこちらが教えを請う羽目に。何なら「これは控えてください」「あれはグルテンが」って、完全に私が生徒ポジション。

部屋は別棟の温泉付き個室を用意した。彼女は衛生管理もガチガチ。ダニが出たら症状が悪化すると言って、部屋の清掃やら除湿やら、徹底ぶりがハンパなかった。

……いや、それも結構なんだけど、ここ山の中だぞ? と思いつつ、私は黙って見守っていた。

真面目だったよ、本当に。毎日きっちり湯に浸かり、体と向き合っている。その姿にこちらも背筋が伸びた。ただな、日を追うごとに、表情がどんより沈んでいくんだ。

そしてある日、突然。

「こんなことしてて、本当に治るんですか?」
「温泉湯治で良くなるって、ウソだったら警察呼びますから」

おっと出た、まさかの”警察カード”。離脱症状がピークだったんだろう。不安と苦しさが溢れて、出口のない闇に飲まれかけていた。そういう時は、何を言っても届かない。

だから私は、こう言ったよ。

「そうか、帰りたかったら帰ってもいいし、警察呼びたかったら呼んでもいいよ」

――正直、次の日、本当にパトカーが来るかとドキドキしてた。
でもな、警察は来なかった。でも彼女の姿もしばらく見なかった。宅配便は毎日届いてたんだ。食事も全て自分で手配していたようで、それを部屋に運んでいた。

心配だったよ。でも、こういうとき、一番のストレスは“人”なんだ。私の存在もきっと彼女にとっては重荷だった。だから、そっとしておくしかなかった。

……姿を見ることなく3、4か月経ったある日だった。

書斎の窓からふと外を見たら、いたんだ。彼女が、笑いながら散歩してる。摩周苑にはチャオっていう猫がいてね。アメリカンショートヘアの山猫風味のやつだ。そのチャオと一緒に、無邪気にかけっこして遊んでいた。

ああ、やっとここまで来たんだなって、胸が熱くなったよ。

それから彼女の笑顔は増えていった。いつの間にか、ツルツルぴかぴか。まるで別人のようになって、約1年後、静かにこの山を後にしていった。

――どうだい?

前の項で紹介した、まるで修行僧のような受験生とアトピー性皮膚炎を知り尽くした彼女。そこには、治癒のヒントが山ほど詰まってる。
 
 

最近やたらと「脱ステロイド」って言葉が、Twitter(いや、今はXって言うのか)やYouTubeをひとり歩きしてるの、見かけないか?
 
「ステロイドは悪!今すぐやめろ!」みたいな見出しに煽られて、勢いだけで薬を断とうとする――正気か?それ、マジで火傷するぞ。しかも、大火傷だ。
 
ステロイドをいきなりやめるってのは、例えるなら、高速道路を猛スピードで走ってる車が、ブレーキなしで壁に突っ込むようなもん。そりゃ、離脱症状っていう代償がドカンとくる。軽い人なら我慢できるかもしれないが、やり方をミスれば重症化まっしぐら。皮膚は真っ赤に腫れあがり、夜も眠れず、心も体もズタボロ。そんな地獄を「自己流」で乗り切ろうなんて、無謀にもほどがある。
 
で、「温泉湯治とセットです」なんて一言で言われても、甘く見ないでくれよな。温泉入ってれば治る、なんて話じゃない。知識と準備が命。知らずに飛び込めば、そこもまた地獄への入り口だ。
そもそも、普通の皮膚科の医者は、脱ステの治療なんて専門外。悪化して病院に駆け込んだって、「誰がそんな無茶したの!?」って叱られて終わりだ。
けれど、今はいるんだ。薬の離脱を専門に扱う、頼れる医師たちが。そういう医師にこそ、身を預けるべきなんだ。
 
摩周苑にもアトピー性皮膚炎の患者さんが来るけど、彼らは本気だ。準備も万端。このホームページを隅から隅まで読み込んで、「覚悟」と「知識」を携えてやって来る。
 
これから先の人生、君はどっちを選ぶ?
ステロイドと縁を切って、薬に頼らず自分の力で生きていくか。
それとも、ステロイドをうまく使いながら、日常生活のクオリティを優先するか。
「脱ステロイド」ってのは、ただの流行語じゃない。人生を根底からひっくり返すほどの決断だ。覚悟なしには、踏み出すべからず!