流れ流れて辿り着いたのは、北海道・弟子屈町の美留和地区。静かに時間が流れるこの地に、私は仮住まいを構えた。定年後の移住者や別荘族が多く、穏やかではあった。…だが、何かが違う。
すぐにわかった。「ここじゃない。俺が癒やされるだけじゃ足りない。癒やす側に戻らなきゃいけない。」
そのとき、あの男の声が脳内でリフレインした。
「おい、あんた温泉湯治の宿でも作ってさ、毎晩ガンの連中に講釈垂れてりゃいいんだよ!ガハハ!」
そうだ。あの言葉が冗談で終わるはずがない。
即座に、地元の不動産を扱う大道開発の社長に電話した。
「土地を探してくれ。でっかい土地。温泉が出る場所だ。俺は、もう一度やる。」
「何をやるんだ、温泉?泉質もこの辺は場所によってピンキリだし…いい湯が出るかどうかは運だよ。」
「運でいい。俺はついてる。」
数日後、電話が鳴った。
「熊牛原野に2万坪ある。東京ドームなら2個分。条件は1つ、前に話したとおりどんな温泉が出るかは賭けだ。それでもいいなら現場を見に来い。」
すぐに行った。見た。そして…心が決まった。国道に面した土地は一面の原野。遥か彼方まで続く原生林、渓流秋田川が静かに流れ、小鳥のさえずりが風に乗って届く。まさに癒しの大地。
大道開発の社長は続けた。
「この土地は明治時代には皇室御用達のご材料の指定地だったんよ。しかも北海道の詩人、歌人として有名な更科源蔵氏の元所有地でさ、由緒ある土地なんだぜ」
「素晴らしい土地だ。ここに俺の最後の城を建てる。」
「ならいい話がある」と大道開発社長。
「サハリンに切り込みした丸太がキャンセルされて港に荷止まりしている。ちょうど一棟分のログハウスだ。ほとんど仕上がってる、宿にもぴったりだ。」
話は一気に加速した。だが条件はただ一つ――
温泉が出るかどうか。
そして…地底1300メートル。
ブシャアアアアアアア!!!!
天然100%、奇跡のモール泉が毎分200リットル、日量288トンという驚異の湧出量で噴き出した。しかも加熱不要の適温。まさに黄金の湯、神の贈り物。
大道開発社長が言った。
「小川さん、これ、宝くじ以上だよ。」
私は静かにうなずいた。
――湯治の神様は、まだ俺を見捨ててなかった。
ここに、癒しの聖地を創る。
人が、人を救う。温泉が、命を支える。
そして、私がその火をもう一度灯す。
さあ、第二幕のはじまりだ。