小川秀夫の温泉湯治物語

女は命を削って愛してる――湯治場で見た“母性という病”

女ってのはな、すごいよ。
なにがって、母性ってやつだ。

だけど、こいつが曲者だ。愛情という名の爆弾を、静かに身体に抱え込んでやがる。旦那の出世だ、浮気だ、子どもの進学、就職、結婚まで――。

全部ひっくるめて、自分の体より他人の心配ばっかしてる。で、気づいたら発病だ。乳がん、子宮がん、もうね、教科書に書いてあるレベル。

私は数えきれないほど、がん患者の女性と話してきた。じっくり、根掘り葉掘り聞いてわかったんだ。深い愛情は、ときに命を蝕む。

なあ、世の旦那衆。
奥さんの顔、ちゃんと見てるか?ニコニコ笑ってる裏で、ボロボロになってるかもしれないんだぞ。(いけね、妻のこと思い出しちまった。ごめんよ)大事な奥さんに優しくしてやれるのは、お前さんしかいないんだ。

摩周苑には毎日のようにそんな相談が来る。

「温泉湯治させてください」

湯治を続けられる人もいれば、途中で引き戻される人もいる。せっかく元気になりかけてるのに、家族から電話が来る。

「いつまで温泉にいるんだ。病院に戻れ」

「母さん、頼むよ。抗がん剤、受けてくれ」

……この声が、いちばんキツい。

目に涙を浮かべて、「ごめんなさい、主人が……息子が……」

こっちだって辛いよ。でも、離婚させるわけにもいかねぇしな。

ところが、つい先日のことだ。

隣町に買い物に行ったら、こっち見てクスクス笑ってる女がいる。

「なんだコラ、ジジイだからって失礼な――」と睨んだら、あれ? 見覚えある。

おお、10年前に摩周苑で湯治してた乳がんの彼女だ!

「おまえ、乳がん治ったか!? 湯治続けてるか!? 病院は行ってんのか!?」

もうな、まくしたてちまったよ。嬉しくて。

そしたらさ、あっけらかんと笑って、

「病院? 行くわけないでしょ。先生の言う通り、ずーっと湯治よ。先生、まだボケてなくて安心した!」だと。

最後の一言は余計だコノヤロウ!

でもな、私、心の中じゃ泣いてたよ。
生き抜いた女の笑顔ほど、強くて美しいもんはないな。