体を温めればガンは消える

温泉湯治の歴史

湯治とは「湯で治す」、ひとつの治療法である。日本においては 明治時代に入り、時の新政府が西洋医学を導入するまで、昔から病を癒す術は「湯治」が常識であった。温泉湯治の歴史は古く、既に1、400年前の奈良時代には「出雲風土記」をはじめさまざまな書物に温泉湯治の記述みられる。江戸中期には後藤艮山(1659-1733)という医師が庶民に対して温泉湯治を説いている。

「浴すれば腸内やわらぎ積気もくつろぎ、食進み出れば治るなり」と、また、「瞑眩、せざれば、その病は癒えず」と説いている。この「めんげん」は「腫れ」「発熱」「痛み」炎症などを起こして病気を治そうとする副交感神経の働きであるが、現代の医療では消炎鎮痛剤や、ステロイドホルモンなどが使われ、この瞑眩反応を止めている、これは病気が治るためのステップ・離脱症状であり、不快な症状ではあってもこれを止めてはいけないということである。

一般庶民に対して湯治の効果を説いたのは記録によると彼が最初である。江戸時代後期には、拓殖龍州という医師が湯治による効果をあげ、盛んにその手法を説いている。そして明治時代ドイツから招請されたベルツ博士が草津温泉をはじめとする全国の温泉調査を行い、湯治によって病気を治す手法、そしてその効果を伝授している。現在でも草津温泉に行けばベルツ博士の功績をたたえる銅像やさまざまな記録を見ることができる。

ベルツ博士は当時東京医学校(現東大医学部)で教鞭をとり、日本鉱泉論を著している。一方18世紀オランダのブールハーフェは頭寒足熱の健康法を説き、「頭を涼しくして、体を窮屈にしないで足を温めよ、そうすればお前は、いずれ医者をあざ笑う事になるだろう」という名言を残している。