体を温めればガンは消える

西洋医学という対症療法の流入

江戸時代までは医療の根幹は東洋医学によるホリステック(全身、全体的)な観点からとらえた原因療法(病気になった原因を探り元から治す治療法)が主であり、日常生活においては体の養生、労わりを大切にする習慣があった。人々は暗くなったら寝て、明るくなったら起きるという自然な暮らしで、食生活は一汁一菜が基本であり、粗食な生活であったため、現代と比べ病気になる人が少なかった。

したがって病気になるということは不養生であり、自らを辱めることだと考えられていた。このように常にハングリーでひもじい生活が、庶民の生活に馴染んでいたから健康な人々が多く、良い仕事が遺せたのかもしれない。

しかし明治時代をむかえて、これらの生活手法が続く限り「対症療法」(病気を根本的に治すのではなく薬物を使って症状を抑えるだけの治療法)で薬物治療がすべての西洋医学にとっては、何かと都合が悪くなった。そこで湯治、養生、思いやり、労わり、という日本固有の伝統文化、生活習慣をなくさせ、病気は医者が薬を使って病院で治すという近代医学という名の「薬のサジ加減療法」、つまり真に病気を治す事には繋がらない、対症療法(アロパシー)を「正当な治療法」として世の中に定着させ、常識化させてしまったのである。

この時点から日本の医学は間違った「ボタンの掛け違い療法」を始め、明治、大正、昭和、平成と160年間、いまだに「かけ違い」のまま、病気を治す事には繋がらない誤った治療法を続けている。そして真に病気の回復を願う人々を「薬に依存させ囲い込み」、医原性(薬の副作用により新しく発症した病気)の疾患により患者を苦しめ、さらに重篤な副作用による障害者、死者を出し続けて、世の中を「健康被害者」だらけにしてしまい、医は仁術という、尊い人の命と健康をあずかる「神聖な医療」を、「医は算術」つまり「金儲け医療」にしてしまった。

本来の医療は患者のためのもので、それを支えるのが医師であり病院で、それらに協力しているのが製薬会社、医療機器会社であるはずだ、しかし現在ではそれらが逆転し医療は医師、病院、製薬会社、医療機器会社のためのもので、患者はそれらを維持していくための顧客になってしまっている。